教師力向上への道。アラフォー教師の徒然日記

30代後半の小学校教員。学びやこれまでの実践の振り返りを綴っていきます。

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「ズートピア」から学ぶ

ズートピア」からの学び

 ディズニー映画「ズートピア」。「この映画が『深い』と話題になっている」と講義であった。その深さについて論じることが課題として出された。せっかくなので加筆修正を加えてみたいと思います。

 

 「ズートピア」が深いという言われる理由について,一つは「多様性」という言葉のもつ危険性を示唆しているからだと考えられる。描かれる世界は多様な生物が一緒の世界に暮らしていた。しかしよく見ていると,ウサギはウサギの街で暮らし,「農業」にいそしむ。小動物は小動物エリアに暮らし,すべてが小動物に合わせた建物で暮らしている。他の種が勝手にエリアに入ることが許されないという場面もあった。多様性を認めているようで,それは生物学的特徴にあった多様性。種の多様性を認めてはいるが,個の多様性は認めてない。「アジア人だから」「日本人だから」「〇〇教徒だから」と,無意識に我々がもってしまう自分と異なる社会的・文化的背景をもった人々を認知するバイアス(=偏見)に警鐘をならしているようだった。表面上だけの多様性。ジュディは肉食動物だけが凶暴化するという事実を「生物学的な共通性がある」という視点で答えた。それが肉食動物たちを深く傷つけ,偏った目で見られることにつながるとは気づけなかった。副市長は肉食動物を凶暴化させることで草食動物たちに肉食動物を憎ませ,草食動物の地位向上をねらった。我々は一見「多様性を認めている」と思いがちである。しかし表面上だけを認識し,無意識に偏見の目をもってしまってはいないか。自分たちの立場を守るため共通の敵をつくり,その敵を排除することで自分たちの立場・集団を維持していないか。そんなメッセージも込められているように思う。

 一方で「共生社会」に向けてのヒントを与えているのもこの映画の深さである。その象徴が主人公ジュディーとニックのコンビである。最初は「ウサギ」「キツネ」という生物学的な特徴に注目し,操作に協力を依頼,依頼されるだけの関係だった。しかし,少しずつジュディのもつ身体能力,正義感とニックのもつずる賢さ,洞察力が見事にマッチ。互いの欠点が互いの能力で補われ,最終的に副市長の画策が暴かれ問題が解決する。ジュディが警察署長として演説した「お互いを知り,認め合う」「自分を見つめ自分を知り,自分を変える」という言葉。「君が間違っているんだから,あなたが違うんだから変われ」ではなく「自分が変わる」。それが共生社会の実現に最も大切である,それが作品の軸であるかのように思う。

 

「多様性」という名のもとに無意識に生まれる偏見。「多様性」を認め「共生社会」を実現していくために私たちに求められているもの。それらを動物たちの姿で語らせているところにこのズートピアの深さがあると私は考える。