教師力向上への道。アラフォー教師の徒然日記

30代後半の小学校教員。学びやこれまでの実践の振り返りを綴っていきます。

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何のためにアセスメントするのか

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 アセスメントと評価

 心理学ではアセスメントという言葉をよく用います。日本語では「評価」という訳がつくことが多いような気がしています。学校現場にいるときは「アセスメント」という言葉を使ったことは私自身はありません。「評価」という言葉は日常的に用いていました。

 

 心理学で使うアセスメントと、学校現場で使う評価。英語と日本語という違いだけではないような気がします。学校現場で使う「評価」には「評定」の意味も含まれている気がします。学期末評価、年度末評価。テストを評価するなんてことも。この場合点数をつけたり、〇をつけたり、3・2・1をつけたり、そのような意味が含有されています。もちろん、診断的評価、形成的評価、総括的評価という言葉もあり、こちらは心理学のアセスメントと近い気もします。

 しかしながら「教師の評価」という言葉があったならば、「教師が成績をつける」ととらえらがちになるのではないでしょうか。

 

 一方心理学で用いるアセスメントは「成績」のような意味はまったく入りません。様々なアセスメントツールを用いたり観察を通してアセスメントを行いますが、その結果に優劣をつけることはありません。WISK-IVの中にとある評価項目があったとして、その数値が80だったとします。100が標準ですから標準より低いとは見るでしょうが、だからと言ってその80という数字そのもを〇や×をつけることはありません。診断的評価と近い意味になるのではないでしょうか。カウンセラーがクライアントをアセスメントしますが、決してクライアントに「成績」をつけることはされません。あくまで特徴や臨床像、状態像、願い等を把握するために用いられます。(もちろん学校の「評価」にもこのような意図が含まれています。)

 

 アセスメント、評価、同じような言葉ですが使われれる脈絡でその含まれる意味が変わってくるというのは、学校現場を離れ、心理学を学ぶようになってから特に感じることです。

アセスメント・評価の目的

 では、なんのために評価やアセスメントをするのでしょうか?学校現場で「なぜ評価するの?」と聞くとどのような答えが返ってくるでしょうか?

  • 子どもを理解するため

という答えが多いと思われます。

  • 成績をつけるため

とはまさか言われないと思います(笑)。学校現場では「子ども理解」という言葉が多々登場します。子ども理解のために評価する、子ども理解のために子どもを看取る、そこを疑う人はいらっしゃらないと思います。

 しかし講義の中で「なぜアセスメントするのか」という問いが登場し、その答えに「はッ」としました。(特別支援教育における脈絡において)

 

アセスメントは主には所計画の作成(またこれらの見直し)のために行う

 

 という答えです。「子ども理解」という言葉をシャワーのように浴びていた私の思考はある意味真っすぐです(笑)。「子ども理解」が頭にありすぎて結局何のために子ども理解を行うのか、そこのところへの意識が弱かったのだと感じます。この計画の作成のためにアセスメントを行うというのは決して子どもを理解しないというわけではありません。重要なのは計画の作成という目的があれば、どこまでアセスメントをすればよかわかるということです。すなわち計画に必要なアセスメントは素早く行うという発想になります。

 子ども理解のためとなるとアセスメントに終わりがありません。個人的には私のような凡人が人を完全に理解することはできないという考えをもっています。理解できないからこそ、自分が理解できそうな部分においてそのアセスメント方法を改良し実施していこうという考えです。理解できない部分が多いからそれを少しでも増やすために新しいアセスメントツール、方法を取得しようという考えを持っています。 

 しかしこれらも目的が「子どもを理解する」ことに違いはありません。学校でいえば計画とは日々の授業であったり、個別の支援計画、指導計画であったり、年間指導計画、月、週ごとの計画になるでしょう。これらに生かすという視点はこれまでも持っていたように思います。しかし私の中では「子ども理解」が先にありました。

与えられた勤務時間の中で

 与えられた勤務時間の中でできることは限られています。教師力というものが存在するとするならば、トータルとしての力を発揮するために子ども理解にかける時間だけを増やしていくことは私には難しいです。しかし、授業に生かす、明日の授業のためという目で子ども理解を考えていくと、限られた時間のなかでその範囲においてはアセスメントが実施でき子どもの様子の理解に努めることができます。

 子どもを理解できる先生は授業もうまい、学級経営もうまいと言われます。しかし、この発想で考えてみると、授業・学級経営のため(即ち子どもたちがよりよく伸びていくために)に上手く子どもたちをアセスメント・評価されているのかもしれません。結果としてそれが子どもたちの様子にマッチし、子どもを理解できているというように映るのかもしれません。

 子どもたちのあらゆる側面を理解することが日々の授業や、年間・学期の指導につなげることができることはいうまでもありません。しかしながら時間は限られています。どこに向かって子どもを理解しようとしているのか、今は何のために子どもを理解したいのか。そのためにいつまでに、どこまで、何をアセスメントするのか。そのような視点が見えてきた先日の講義でした。

 

 最後までお読みいただきありがとうございました。