教師力向上への道。アラフォー教師の徒然日記

30代後半の小学校教員。学びやこれまでの実践の振り返りを綴っていきます。

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せんねん まんねん を授業する。

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「せんねん まんねん」という詩が教科書に掲載されています。

せんねん まんねん - Google 検索

 検索してみると中身がヒットしますのでよろければそちらもご覧ください。

 この「せんねんまんねん」の授業の様子を7月末の学級だよりに掲載していました。国語の教材は「学習内容」を子どもたちが学ぶための材料であり、ある目的をもって、その目的達成のために用いられます。

  • 作者のメッセージを読み取る
  • 作者が用いた技法とその効果について気づく
  • 読み取ったことが生かせるように音読する

等々、色々なねらいが考えられます。この時は1学期末ということもあって、子どもたちが1学期間に身につけた「国語の力(特に読解力)」を活用するために「せんねん まんねん」を教材としました。子どもたちがどの言葉に注目して、その言葉をどのように解釈し、それが作品全体の中にどのように位置づけられ、そして作者が作品に込めたメッセージをどのように解釈するのか。そのような時間を綴った学級だより131号です。

 

 

作者の伝えたいことは?

 国語の教科書に右の詩が掲載されています(写真省略)。

 作者はまど みちおさん。山口県の詩人です。

 子供たちが1学期、どこまで言葉をもとに「読める」ようになったのか、この詩の読み取りを通して力試しをすることにしました。

  • この詩のどこに目をつけますか?

という問いかけでスタート。様々な意見が出る中、子供たちの視点は1連と2連のリフレイン(繰り返し)に集中します。そこで

  • 1連と2連に同じような言葉をリフレインすることで作者はどのようなことを伝えたいのですか?

とたずねます。出てきた子供たちの考えは大きく3種類。

  1. ヤシの実の成長を伝えたい
  2. 人間の生命のつながりを伝えたい
  3. 自然のつながりを伝えたい。

日をまたぎ、これら3つについて検討。ミミズやヘビ、ワニといったヤシ以外のものも登場するという理由から①が削られます。

  • 「いつかのっぽのヤシの木になる」というのは人間が夢を持つということ
  • 「ミミズやヘビ、ワニがのむ」というのは人生には様々な困難があるということ
  • 「昇って昇って昇り詰める」というのは夢を叶えたということ。
  • 「ヤシの実の中で眠る」というのは、お母さんのお腹の中ということ

それに対して

  • ヤシもミミズもヘビもワニも全て生き物、自然のもの
  • だんだん大きくなっている。これは食物連鎖、つまり自然のつながりを表している。
  • 「はるなつあきふゆ」と2回繰り返している。漢字ではなくひらがな。ひらがなの方がやわらかく、ゆっくり時間が流れている様子がつたわる。
  • そのあとに「ながいみじかいせんねんまんねん」とあるので、自然が永遠に続くというのが伝わる。

という②と③の間で対話が積み重ねられる中、最終的に「まだ人がやって来なかったころの」という言葉に話し合いの焦点が絞られていきます。

  • 「まだ」ってことは人間がいないころ、つまり生き物の世界のことを言いたいんだと思う。
  • 「まだ」ってことは、生き物の時代から人間の時代にうつるってこと。だからここでは生き物、自然のことがいいたいだと思う。
  • これは人間が自分たちの良いように自然のつながりを変えたってこと、人間に注意をしているんじゃないかと思う。

 複数の言葉に目をつけ、そして最後は一つの言葉と関わらせることで「自然のつながり」を言いたいのではないか、しかし私たち人間に対する注意もあるのではないかという範囲に子どもたちの意見が集まってきました。

 まとめの一部

A 

この作品は自然のつながりを伝えたいと思う。

 まず「いつかのっぽ」から「そのワニを」のところに注目する。これは小さいものをどんどん大きいものが食べている。つまりこれは食物連鎖だ。小さいミミズをミミズよりも大きいヘビがのんでいる。自然ではこういうことがよくある。食物連鎖をしているということはどんどんつながっているということだ。

B

 次に「ながいみじかいせんねんまんねん」のところに目をつける。「せんねんまんねん」ということは永久。「せんねんまんねん」の前に「いつかのっぽ」から「そのワニを」のところが2連続いている。2連続いて「せんねんまんねん」。つまり永久という一生終わらない自然ということ。自然は永久に続くということだ。だから自然のつながりだと思う。

C

 一方で作者は警鐘も鳴らしている。それは「人間が自然のつながりを止めてしまう」ということだ。「まだ人がやってこなかったころの」に目をつける。人がいない時代には小さいものが大きいものを食べるということは続いていた。「まだ」と書いてあるということは、今は人間がいるということ。人が食物連鎖を変化させてしまったのかもしれない。

 しかしせんねんまんねんという永久の食物連鎖は(自然のつながり)は続く。人間が変化させてしまっている中でも自然は続いていくということだ。

 

このようなまとめを各自書き、学習を終えました。

ふりかえり

 1学期末には

  1. 子どもたちそれぞれが目についた「ことば」を理由や解釈と共に話す
  2. 子どもたちの「ことば」に関する理由、解釈の「ズレ」を「見える化」する
  3. 見える化」された「ズレ」について共通の課題とし、「ズレ」を解消するための、もしくは合意点を見つけるための対話を重ねる。
  4. 全体及び各自で課題に対する考えを言語化する。

このような授業パターンが確立されているのがわかります。私の仕事は「ズレの見える化」を促進したり、話の内容を整理したり、不十分な点を問い返したりすることです(笑)。

 「人間のことを言っているのか」「自然のことを言っているのか」、枠組みの違いで言葉の解釈が異なってくるのは実に面白い現象だと思います。同じ言葉に注目しているのに全く違う解釈になる。現実社会と同じです。どのような脈略の中で、背景を前提として解釈しているのか、これを明らかにする効果も対話にはあります

 

「まだ」という言葉に、この2つの枠組みの合意が今回は見出されます。「まだ」という言葉をそれまでの対話内容とつなげた際、「自然のことを言いながらも人間のことも」という範囲が今回の合意です。ですので、個人がノートに書いたまとめにも、この範囲と対応した文章が綴られることになります。

 

 アプロプリエーションという考え方があります。子どもたちが言葉を分有しながら利用することで学びを深めていくことを意味します。もっと簡単にいえば、先行する子どもの発言がその後の子どもの発言の中に取り入れられ、自分の文脈に合わせて表出される一連の作業だと私は理解しています。改めて子どもたちの様子を振り返ってみると、互いが表出した言葉を互いが利用して、そしてそれぞれの枠組みに合わせて加工し再表出しているなと感じます。子どもたちの「チカラ」って本当に偉大です。 

 

 最後までお読みいただきありがとうございます。

 

 

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